おすすめ本『天路の旅人』沢木耕太郎著 新潮社

グレースケアには約800冊の図書があり、 ものがたり事業部が管理しています。
よい本、紹介したい本、たくさんありますので、今回もこちらのお知らせでスタッフのレビューとあわせて紹介していきます。

さて、今回おすすめしたいのは、2022年10月に発売された沢木耕太郎氏の『天路の旅人』です。
掲載誌「新潮」8月号を完売させ、単行本の発売前から大きな話題を呼んだ ノンフィクション『天路の旅人』 。2023年1月10日にはNHK「クローズアップ現代」で紹介されました。

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 沢木耕太郎の旅本が好きな人にとっては、574ページに及ぶ長大作だが一気に
読んでしまいたくなるに違いない。だが、とにかく長い。中国、チベット、
ネパール、インドの聞き慣れない地名、僧侶の名、旅で道連れになった巡礼者や
市井の人たちの名など記憶にとどめておくのは困難だ。私はA4の裏紙に乱雑に
記録しながら読み進み、グーグルマップでゴビ砂漠やチベット高原、ヒマラヤの
山峯、街の仏舎利や廟の写真を見ながら共に旅をした。

 主人公の西川一三(かずみ)は福岡の修猷館中学を出ると満鉄に入社し、中国の
大連に渡る。5年間働いた後もっと勉強したいと内蒙古に設立された興亜義塾
という学校に入り、1943年卒業する。西への憧れから密偵(スパイ)を志願し、
26歳の時巡礼者に扮して内蒙古のトクミン廟を出発する。

 西川は蒙古人のロブサン・ボーと名乗り、1950年33歳で逮捕され帰国の途につく
まで歩き続けた。駱駝を引いて砂漠を歩き、凍てつく河を渡り、野宿し、廟で
下働きをしながら修行し、言葉を習得し、御詠歌を習い、歌って托鉢した。彼の
歌声に子どもも大人も集まり、御詠歌だけでは足りず、チベットや蒙古、中国、
朝鮮、しまいには日本の唱歌まで歌い、夜には労働から帰った若者たちにも
せがまれて歌い、幸せな気持ちになった。貧しい農民がボロボロの衣服の僧の
椀にツァンパ(はだか麦の粉)を恵んでくれ涙する。

 1945年日本は敗戦し、アトムボンボという爆弾で破壊されたと聞く。これからは
ラマ僧として生きていこうと旅を続けるが、インド警察に調べられ、強制送還の
身となる。
 砂漠で駱駝に乗る隊商の列を遠くに見る様は平山郁夫の絵画を見てるようで
あり、大地に沈む真赤な太陽を拝む姿は仏陀を思わせる。ヒマラヤの峯を何度も
超え、草原や村や街で暮らす人々の優しさに触れ、生への希望を持ち続ける。
究極の旅の本である。